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2009年 08月 01日
ある日、ヤスナは部屋に二人の小さな姉妹を連れてきた。「この子たちは私の子なの」と言って、まだ一歳半くらいの赤ちゃんにキスをした。僕は一瞬、本当に彼女の子なのかと思ったけど、彼女は僕の一つ下だし、それはないかと考え直した。 しばらくおもちゃときれいな玉で一緒に遊んでいた彼女は、ふと手を止めてその二人の女の子の方を見ながら、独り言のように、そして僕に話しかけるように言った。 「この子は耳が聞こえないの」楽しそうに遊んでいた彼女の姿からは想像もできない言葉に驚いた。 彼女は続けた。「この上の子は小さい頃に爆撃を受けて、そのせいで耳が聞こえなくなってしまったの。喋ることもできないわ。そしてこの赤ちゃんは耳は聞こえるけど、なかなか言葉を覚えないの。もう簡単な言葉を覚えても言い頃なのに…。例えば、“ママ”とかね。たぶんずっとお姉ちゃんと遊んでいるからだと思うわ。」 お母さんはいないの?と聞こうとしたが、それはなんとなく僕にも分かった。ここではよくあることだ。赤ちゃんのおなかをくすぐりながらヤスナは最後にこう言った。 「だからよくこうして私が遊んであげるの。なるべくこの子に喋りかけるようにしてね。」この一通りのやりとりを僕は今でもとてもよく覚えている。ヤスナは友達が多く、町を歩いていてもたくさんの人と挨拶を交わしていた。「この町のことならなんでも知ってるわ。」という彼女の言葉にもうなずける。 難民センターの中でもそれはいっしょだった。いろんな部屋を行ったり来たりしているし、廊下を歩いていても必ずどこからか彼女の声がしていた。三階にいる僕を、一階の玄関から建物中に響き渡る声で呼んでくれたこともあった。そんないつでも元気まんたんな彼女が、同じセンターにいる子供たちと遊んでいるのを見ると、とてもあたたかい気持ちになった。 ここにはヤスナがいるから大丈夫。そう思わせてくれるような子だった。きっと今もみんなに元気をふりまいているんだろう。この前、彼女に手紙を出した。返事はまだ返ってこない。だけどきっと元気にしているだろう。と、不思議と自信を持って言える。 ヤスナは今、アレクシナッツという小さな町の難民センターで暮らしている。 (橋本明史、ACC理事) 写真:マルク・シュナイダー
by hopeacc
| 2009-08-01 20:22
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